雑感:『そこそこ』を超える

この土日は少し時間があったので、カレーを煮込み、煮物を作り、それなりにクッキングが充実していました。(と言いつつ、今も煮込み待ちです)

^

^

^

昨年以降、電気圧力鍋を購入し、

^

^

^

そこに書いてあるレシピはだいたいマスターしたため、

^

^

^

あるものを作りたいときはこの具材と調味料を買ってきてこう料理する。

この料理はこう。

^

^

^

そういう内容が少しずつ頭の中で確立されてきました。

^

^

とはいえ、料理は雑にやると少しトリッキーな文法問題のようにうまくいかないので慎重に、慎重に。ここは譲れない。

^

^

^

ということで、だいたい『そこそこ』のクオリティのものが出来上がりました。

^

^

^

とはいえ、

^

^

^

『だいたい』『そこそこ』なんです。

^

^

^

マズくはないけど、メチャクチャうまい!というわけではない。

^

^

^

マニュアル通り作った、慣れた、ということもあるかもしれません。

^

^

^

ただ、それ以上『究めたい!』とあんまり思っていないので、落ち着くところに落ち着いた、というところになります。

^

^

^

自分の場合、TOEICに対するアプローチは少し違っていて、

^

^

^

とにかく、何が何でも990点取りたかった。そのための情報は何でも手に入れようとした。新刊は全てチェック、究めるまでやりこんだ。試験は生きるか死ぬかの戦いくらいの勢いで毎回臨んでいた。速報発表の昼頃には心臓バクバク、みたいな。

^

^

^

やはり情熱が違うかもしれません。

とはいっても自分が料理に向かい際にそこまで究める理由はない、ただ今よりもう少しおいしくするにはどうしよう、という興味はある程度です。

^

^

^

つまるところ、『そこそこ』のレベルを脱却するのは+α、たとえば探求心とか情熱というものが必要なんでしょうね。

^

^

^

今日は鶏の手羽煮がもうすぐ出来るので、一杯やりながら自分の料理の腕を向上させる考察について少し考えてみたいと思います。

^

^

^

Tommy

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です