先日近くにいてふと聞いた(聞いてしまった)母子の会話
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『〇〇ちゃん、頼むからママの目の届かないところにいかないで、ママ心配なのよ』
『だってあれがボク好きなんだもの』
『好き嫌いの問題じゃございません!』
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いやあ、スゴイ会話だったな、
子供に『ございません』を使うのか、とか
この会話は成立しているのか、とか
数時間考えてしまいました。
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さて、現在鋭意いろんな原稿に取り組んでいます。
問題をある程度作ってから、
あるいは問題が既にドラフトで出来ている中でいろんなチェックをしながら原稿を書いたり、と楽しい作業である一方で、机に向かいっぱなしで腰が痛くなります。
現在本気で、よい椅子に買い替えようか検討中です。
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その中で
たくさん問題をチェックするなかで、時折見かけるのが、
『昔の自分が間違えた問題』です。
昔の自分が間違えたのはとても記憶がありますが、
中でも間違えたので印象があるので、
『どちらかに絞って結局間違って、結果985点』
みたいな、惜しい、というか痛恨のミスです。
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今そんなミスをすると、猛省レベルと通り越した反省をする必要がありますが、
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990点を一度も取ったことがない時にそれをやると、とてもやるせなくなります。
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しかも、たいていは、ファーストインプレッションで正解を選んでいる、というやつです。見直して、自分の考えをよく時間をかけて整理して、結局不正解の選択肢を自信を持って選ぶ。^
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マジかよ・・・。
どんだけそれを思ったか・・・。
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正直夜も眠れなくなるくらい、メチャクチャ悔しくて悔しくてそれはそれはよい思い出です。^
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ですので、そういう問題に出会うと常に身が引き締まります。そんな問題2度と間違うもんか、と思うくらい徹底的に研究します。そして2度と間違いません。(間違ったかもしれませんが、そういう思いはここ10年していません)
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おそらくですが、何度も間違う問題は、それくらいの意気込みでやらないと『本番で正解できません』何回か解くだけでは、きっと正解できません。
頭の思考回路で、これはこうなって、そして間違う思考は・・・、
といったように、自分がなぜ間違うんだろう、どうすれば間違わないんろう、と解説の字面だけを追わない思考をめぐらす、間違わないぞ、という意欲を持つこんな感じで、とにかく一度やられた問題は絶対にナメない気持ちを持つことが大事です。
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さて、冒頭の会話。リアルに聴いたやりとりは、何か論理性、文脈があるかな、と数時間考えていました。何となく、TOEICの問題にしたら面白いかな、というテイストに仕上がりそうなので、今年は無理だとしても来年以降の新刊に盛り込んでいこうと思います(採用されれば、ですが・・・)
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それでは、よい日曜日をお過ごしください!
Tommy
『Hatijyuurou, please don’t go out of my sight. I’m so worried.』
『Because that’s ( ) I like.』
『It’s not a matter of likes and dislikes sir!』
A)what B) very C)Whay D)reason
『Hatijyuurou, please don’t go out ( ) my sight. I’m so worried.』
『Because that’s what I like.』
『It’s not a matter of likes and dislikes sir!』
A)of B) in C)at D)circumference
『Hatijyuurou, please don’t go out of my sight. I’m so worried.』
『Because that’s what I like.』
『It’s not a ( ) of likes and dislikes sir!』
A)matter B) question C)problem D)issue E) subject
『 There isn’t.』
『 Nothing. No.』
『 GOZA is not here.』
『Don’t underestimate TOEIC.』
椿 八拾郎さん、
コメントありがとうございます。
英訳までしていただき光栄です!
Tommy